築地波除神社

日本橋を拠点に仕事しているので、魚の仕入れは築地市場に出向きます。今日は開港橋口にある波除神社に入ってみましょう。

鳥居をくぐると巨大な獅子舞が左右から睨みをきかせています。
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日本一大きな獅子舞だそうでつきじ獅子祭りの主役です。
あるのは頭だけ、体は大きすぎて入りきらなかったのでしょう。

本来は江戸湾埋め立て工事の安全と
漁師たちの豊漁を祈願して350年前
1659年に建立されたそうです。

今では商売の神様としてお参りする方も多いです。

買い出しに来た人がこの神社の前を通るときに
一礼していく光景をよく見ることができます。
私も月に一回くらいですがお参りしています。

この神社で興味深いのは
日々人間の生きる糧となってくれる
魚やエビなどに感謝してお祭りする塚があることです。

これは海老塚
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これは玉子塚
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これは魚塚
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他に鮟鱇塚(アンコウ塚)なんて言うのもあります。
当たり前すぎちゃってつい忘れてしまいますが
私たちは毎日彼ら?の命を頂戴して生き延びているわけですね。

最近は人間に食べられるために生まれてくる命のほうが多いのかな。
これらの塚は彼らの命の供養のために建てられたものです。

たまにはここに来て感謝の気持ちを思い出す
なんて言うのもありだなぁと思うわけです。

さて、この神社、私にとってはもう一つイベントがあります。

すし塚です。

小さくて見にくいけど
写真真ん中あたりに「毛利剛三」と
彫ってあります。
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私の大叔父、つまり私の祖父の弟さんです。
「すし塚」に名前を刻まれたその人は、
すしという食べ物が本当に輝いていた頃の、
寿司商組合の会長でした。

古い職人さんはまだ憶えていらっしゃる方がいて
東京すしアカデミーで大先輩だった清水季彦先生も
「あなたがあの毛利さんの!」と喜んでくださいました。

「だからなんだ」と言われたら
「何でもないです」と答えるだけですね・・・はい。

まぁ今となってはそんな偉い方の末裔であることは
時折こうしてお参りするとき以外は
殆ど忘れてしまっているわけですけどね。

ただ、私が寿司業界の活性化と若手育成を
ヘソに据えて活動しているのも、
無意識化にご先祖の意向が入ってるのかも知れないですね。

そう言えばちょっとオカルトのお話を。

母はとても霊感が強かった人で、
しょっちゅう「見てた」わけなんですが

ある日私が玉子を焼いていたら、
傍らに座っていた母がいきなり
「あー、そういうことだったのかぁ!」
と言ったのです。

何かと思ったら、どうもあたしの後ろに
何かがいるような気がして
(文字に書くと怖いですね、でも大丈夫、ハートフルエンドです)
チラチラ見てたんだけどどうもわからない。

で、「いまだ!」と思ってサッと振り向いたら
私の祖父(剛三さんのお兄さんですね)が
後ろに手を組んで、私が玉子を焼くのを
嬉しそうに笑いながら見ていたそうです。

定次さんという名の祖父は、
やはりすし店の主として生涯を仕事一筋で生きた人でした。

私が生まれる前に他界しており、
会ったことがないのですが、
孫が立派に?商売を継いでいるのが嬉しかったのでしょう。

まぁ信じるかどうかはあなた次第のお話ですね。