「見習う」ことは古いのか

neko  oyako

「見て覚えろ」は職人の世界でよく使われる言葉です。
古い、悪しき習慣を表す悪いイメージでとらえられることもありますが決してそうとは言えません

東大在学中に司法試験にパスしボストンコンサルティングを経て
ライフネット生命を起こした岩瀬大輔氏も著書「入社一年目の教科書」の中で
「仕事は盗んで真似るもの」と記しています

職人の世界と対照的なエリート集団のリーダー的存在がこのセリフです
私が教えている若いすし職人たちでさえ
私が仕事を始めてもこっちを見ない人が多いです
反面「教えるから集まれ―」とやると嬉々として集まってきます

ちょっともったいないなぁと思うわけです。
今は子供たちも集団で遊びません。昔は(と言うと老人のような響きですが・・)群れで遊ぶ子供も多く
その中で年上の先輩?が上手に野球や綾取りをして遊ぶのを、尊敬の眼差しで見ていたりしたのではないでしょうか。
話が飛ぶようですが、「人から盗む」ことができない人たちを見ると
そんな原体験が不足していたのではないかと思えてならないです。

ひょっとしたら昔は当たり前に誰でもやっていたことが、今は一握りのエリートにしかできない
高等技術になってしまったのでしょうか。

職人を目指す諸君、「チラ見して」盗んでください
先輩が仕事してるのを「見てはいけない」とか思ってないよね
真似することは恥ずかしいことではなく、むしろ真似が上手いことは素晴らしいことです
真似ができる、ということは対象をよく見ていることだし
それが上手なのはセンスがいい証拠なのです
プロ野球選手は人の物まねが上手い人が多いですよね
センスの塊のような集団だから当たり前です

手取り足取り教えてもらうのを待っているだけでは
目指すレベルに行けるかどうかは「人任せ」になってしまいませんか?