改修なった歌舞伎座を見て江戸時代のことを想像してみた

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朝築地に行く途中に歌舞伎座があります。今月始めに改修工事が終わりました。
改修されると聞いたとき、趣のある建物なのに勿体ないなぁと思ったけど
終わってみると外観はほとんど元の姿のまま(に見える)のでなんだかほっとしました。

写真は道路の反対側まで行って無理やり自分を入れたんだけど余計なことしなきゃよかった。
通な方は歌舞伎を見に行くことを「芝居に行ってくる」なんて言いますね。
もともと歌舞伎は庶民の娯楽として幅広く楽しまれていました。

「江戸三千両」と言って、一日に千両のお金が落ちる場所が三つあった(それほど賑わっていたことの例え)
そうで、一つは当時日本橋にあった魚河岸。次は二丁目(今の日本橋人形町界隈)の芝居小屋。まぁ歌舞伎ですね。そしてもう一つが吉原の遊郭街です。

この吉原、調べてみると(なんで吉原ばかり真っ先に調べてんだって?そりゃまぁそう言うもんでしょ)1617年に徳川幕府が人形町に据えたのが始まりなんですね。50年後に大火事で焼けたのを機に今の浅草大門に移したとのこと。

ていうことは、千両のカネが落ちる場所が三つあるんじゃなくて、人形町界隈は一日に三千両が動く一大繁華街だったってことですね。その中心が魚河岸・芝居・遊郭だったと。

当時の一両は今の8万円っていうから三千両なら2億4千万か
まぁ郷ひろみ級に賑わってたんだかなんだかね。

因みに現在の築地市場の一日当たりの平均売上高は17億5000万円くらいだってんですね。
築地もだいぶ流通が減ってきているらしいけど、やっぱりまだまだ捨てたもんじゃないよな。
で、この三つの親方衆、まさに宵越しの金は持たねー主義で、百両売って賃金(昔は日払い)と仕入れ払ったらパーッと使っちゃう人たちばかりだったってんだから景気は停滞知らずだったんでしょうね。

まぁ全部本当かどうかは確かめようもないけども
早朝から魚河岸でガンガン売って
お得意さん連れて芝居見て
茶屋で一杯引っかけて
楊枝くわえて吉原へ繰り出して・・・てな具合でしょうね。

遊郭ってのは今と違って(行ったことぁないですけどね)中で酒と料理が出るんですね
お座敷で花魁と一杯やって、気に入られれば次へと・・・(ムフッ)
気に入られないと朝まで床の間で一人で待ちぼうけなんてこともあったようです
だから結構な遊び慣れた人じゃないと楽しめなかったわけなんですね

で男なんざ今も昔も大して変わらないもんだから
気に入られようと酒や料理をじゃんじゃん注文しちゃうわけですよ
挙句の果てに花魁には逃げられたりなんかしてね
まぁその辺りは魚河岸や役者の旦那衆は慣れたもんだったんでしょうね
そんな人が押すな押すなで詰めかけてたのが当時の吉原だった

だから酒や料理も相当の量が振る舞われてたんでしょうね
なので遊郭の料理番も次の朝には魚河岸に買い付けに来るって循環ですね

まぁ大らかなもんですね
昔の賑やかさというか元気の良さを想像するとちょっと羨ましい気もしてきますね。

改修なった歌舞伎座
桃山様式いと呼ばれる美しい和風建築の屋根を見上げながら
はるか300年前のそんな賑わいをちょっと想像してみたら
何となく元気になったモーリーなわけであります。

んでは。

(因みに現在の歌舞伎座は銀座にあります。念のため。。)